古来、ウラル山脈の厳しい峠を越える時にはブルーエンジェルと呼ばれる女神に旅の安全を願い、また女神が守ってくれることを信じて厳しい旅に耐えました。これはそのブルーエンジェルにまつわる伝説で、ロシアンレムリアンが採掘される晶洞のある地方に古くから伝わるものです。私はこの話をシベリアの著名なシャーマンであるバレンティーナ・ウティカより聞きました。
昔々、ウラル地方にとても優れた石の彫刻家のマスターがおりました。この老人は様々な鉱物や宝石を自在に扱い、ロシア全土にその名を響かせていました。彼は多くの弟子を抱えていたのですが、みな一様にある程度のレベルまでいくと成長をすることなく、このマスターの技は途絶えつつありました。
そんな折に、一人の若者が老人に弟子入りしました。この若者にはクリスタルで「バラの花を彫刻する」という夢がありました。死期の近いことを感じていた老人は、彼の才能をすぐさま見抜き、全ての知恵と知識と技を伝授するべく急ぎました。そして優秀な若者は砂が水を吸うごとく老人の伝えることを吸収していきました。しかし全てを伝授し終える前に老人は亡くなってしまいました。
若者はひとり立ちするのに充分な技を身に着け、良い仕事をして人々に認められ、美しいフィアンセも得ました。しかし彼は常に「何かが足らない」という思いに駆られていました。彼のマスターが伝授することなく逝ってしまった究極のクリスタルワークである「バラの花の彫刻」にはいたらなかったからです。
そんなある日、彼はウラルの山で彫刻に使うクリスタルを切り出していたところ、青く光る晶洞を見つけ不思議に思い中へ立ち入りました。洞窟の中にドアを見つけ開けてみると、そこには青い光を放つ女神が立っていたのです。彼はマスターが伝え切れなかった秘儀を女神が知っていると直感し、女神に
教えを乞いました。女神は快く彼の願いを聞き入れ、彼らはそこで共に暮らし始めました。女神はとても幸せでした。実はクリスタルを探し歩く若者を以前から見ていた女神が、彼に恋をして招き寄せたのです。
しかし若者にとって女神は師であり人を超えた存在、女神の人間的な感情には気づかずに彼女の教える古代のクリスタルワークに夢中になり、様々な技と知恵を習得しました。しかし、彼が去ってしまうことを恐れた女神は、バラの花のワークだけは教えることを避けました。それでも、超越的な技の数々を身に着けた若者は次第にそのことを忘れ、一年と一日目に下界へ戻ることを女神に告げました。すると女神は、彼に後ろを向きよいというまで決して振り向くなと言い、彼はそれに従いました。そして彼が振り向くと、そこにはマラカイトの箱に溢れるほどの宝石と青く光るクリスタルがあり、女神は消えていました。
女神から贈られた宝石を手に下界へ戻った若者は、フィアンセと再会して結婚し、女神から教わった技と財宝により大成功を収めました。彼の名声はロシア全土に及び、その作品はロシア皇帝に献上されました。
いつしか若者は、たくさんの弟子と孫にかこまれ、みなに尊敬される幸せな老人になっていました。そんな穏やかなある日、暖炉のそばでくつろいでいた彼は、火に照らされたクリスタルの中に美しいバラの花を見つけハッとしました。忘れていた若いころの情熱「クリスタルのバラの花」を思い出したのです。そのクリスタルはかつて女神から贈られたものでした。彼は急いでブルーエンジェルと暮らし学んだ晶洞に出向き女神を探しました。しかし彼女を見つけることはできず、彼はこのクリスタルが女神だったことに気が付きました。彼を愛した女神が永遠に彼と共にいる為、クリスタルに身を変えたのでした。女神の人間的な情愛に気づいた彼は、彼もまたブルーエンジェルを誰よりも愛していることに気づき、そして彼の本当の望みはクリスタルのバラの花のワークを完成させることであったことに気づきました。
大切な二つのことに気づきそれを失ったことを知った彼は、晶洞で涙に暮れました。その涙は女神のクリスタルを包むように結晶化して大きなクリスタルに成長し、彼の肉体は消えてしまいました。永遠にブルーエンジェルと結ばれる為に。
翻訳:ウォーターホイールズ 塩原基弘
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